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精神科病院のDXは、要望を聞くだけでは要件が決まらない
目次
精神科病院から「いまWordで書いている議事録を、AIで自動化できないか」というご相談をいただくことがあります。院内の定例会議の議事録で、監査のときに確認される種類のものです。
こうしたご相談は、要望としてははっきりしています。ところがそのまま作ると、たいてい現場が使えないものができます。 私たちも一度そうなりました。この記事は、そこから要件を決め直すまでにやったことの記録です。
「AIで議事録を」の要件は、要約の品質ではないことがある
議事録をAIに任せる、と聞くと、多くの人が「会話をうまく要約してくれる」ことを期待します。私たちも最初はそう考えました。
ですが、ご相談の中身をうかがっていくと、様子が違いました。その会議は議題が事前に決まっていて、毎回同じ順番で報告が続く形式でした。話し合って何かを決める会議ではなく、決まった項目を順に確認していく会議です。
そして監査で見られるのは、毎回まったく同じ見出しが、同じ並びで残っているかでした。要約が上手いかどうかは問われません。むしろ、AIが気を利かせて議題をまとめたり、順番を入れ替えたり、その日話が出なかった項目を省いたりすると、監査の様式として成立しなくなります。
ここで要件を「要約の品質」ではなく「毎回まったく同じ型で残ること」と言い換えられたのが、この案件の分かれ目でした。要件の言葉が変わると、作るものが変わります。
文章で書かれた要望と、実際に使っている紙は食い違う
私たちは最初、いただいた問い合わせ文だけを頼りに議題の型を組みました。文面には議題の一覧がきちんと書かれていたので、それで足りると考えたのです。
その後、実際に運用されている議事録の現物を、複数回分お預かりしました。
別物でした。 議題の並びも、見出しの言葉も、項目の粒度も違っていました。文章で書かれていた一覧は、担当の方が「こういう会議です」と説明するために整理してくださったもので、実際に印刷して回覧している紙とは別のものだったのです。
これは相手の説明が不正確だったという話ではありません。人は自分の業務を説明するとき、無意識に整理してから話します。 整理された説明は理解には役立ちますが、様式そのものではない。ここを取り違えると、「言われたとおりに作ったのに違うと言われる」が起きます。
私たちは複数回分の現物を機械で読み取って突き合わせ、どの項目が毎回あり、どの項目が実際には使われていないかを数えました。印象ではなく回数で見ると、説明と現物のどちらを採るべきかが判断できます。
監査は紙を見て行われるとうかがっていたので、現物の様式を採りました。そのうえで、問い合わせ文にだけ書かれていて現物に無い項目は、「今後こうしたい」という要望として型に足しました。説明と現物のどちらかを捨てるのではなく、役割を分けて両方を活かす形です。
| 受け取ったもの | そこから分かること | 要件にどう使ったか |
|---|---|---|
| 問い合わせ文(説明) | 会議の目的と、担当の方が「こうしたい」と考えていること | 現物に無い項目は、今後の要望として型に足した |
| 回覧している議事録の現物・複数回分 | 監査で見られる見出しの言葉・並び・項目の粒度 | 機械で読み取って突き合わせ、毎回ある項目を型の正とした |
| 現物の印刷物 | A4に収まるか、決裁欄の数、余白の取り方 | 画面とは別に、紙の側を自動で検査する仕組みを用意した |
決めた要件 — AIに判断させない
要件が「毎回同じ型で残ること」に定まると、設計の方針は一つに決まりました。議題の枠を、AIに作らせない。
会議の種類ごとに議題の型をデータとして持たせ、AIの出力はプログラムがその型へ当てはめる作りにしました。AIが議題を落としても、順番を変えても、余計な議題を足しても、画面と紙に出る枠は変わりません。その日話が出なかった議題は、空欄のまま枠が残ります。
AIに「様式を守ってください」と指示する方法もありますが、指示は守られるとは限りません。守られなかったときに壊れるものが監査資料である以上、指示ではなく仕組みで担保するべきだと考えました。
数値の突き合わせも同じ考え方です。内訳と合計が両方報告される項目では、合計が内訳の和と一致するかを機械が検算し、食い違っていたら人に知らせます。 AIに計算し直させるのではなく、話された数字はそのまま残したうえで、確認だけを機械にやらせる形です。
様式に合わせる側を、システムにする
ヒアリングの中で、担当の方がこんなことをおっしゃいました。「作った議事録は、Wordの書式に貼り付けます」。
はじめは何気ない一言に聞こえましたが、これはシステムを入れても、清書の工程が丸ごと残るという意味でした。当初この印刷の話は対応範囲の外に置いていましたが、ここを外したままでは業務は軽くなりません。決裁欄まで含めて、そのまま印刷できる様式を作ることにしました。
できあがった紙は、実際の様式と1行ずつ突き合わせて確かめました。A4に収まるか、決裁欄の数は合っているか、余白は現物と同じか。印刷は画面とは別の経路で作られるので、画面で正しく見えていても紙で崩れることがあります。ここは自動で検査する仕組みを別に用意しました。
医療機関のDXでは、「システムの型に業務を合わせてください」とお願いする場面がどうしても出てきます。ですが、監査で確認される様式のように、変えられないものもあります。そういうときは、合わせる側をシステムにするほうが早い。
精神科病院には、記載する事項が法令や通知で先に決まっている記録がほかにもあります。医療保護入院者退院支援委員会の審議記録や、隔離・身体的拘束の診療録と看護記録も、様式の側が先に決まっている例です。
要望どおりに作ると、現場が止まることがある
別の病院から、こういうご相談をいただいたことがあります。「問診のURLにパスワードをかけたい」。事前に窓口へご相談いただいてから回答してほしい、というご依頼でした。
技術としては、難しいことは何もありません。URLを開いたときに4桁の入力をお願いして、合っていたら通す。それだけです。言われたとおりに作れば、その日のうちに動きます。
ですが、待合の様子を思い浮かべたところで手が止まりました。この病院は、問診のQRコードを院内に掲示する運用を始めるところでした。そこから読み取る方は、すでに来院されている方です。全員に入力をお願いする形にすると、目の前にいらっしゃる方にも毎回パスワードをお伝えすることになります。窓口の負担を減らすためのご相談が、窓口の作業を増やす結果になってしまう。
ご依頼の文面を、そのまま要件にしてはいけない場面でした。
例外のほうが、要件の本体だった
そこで、ご相談の中身をもう一度ほどきました。困っていらっしゃるのは「誰でも回答できること」ではなく、「窓口を経ていない方の回答が進んでしまうこと」です。裏を返すと、窓口を経た方は止めなくてよい。掲示物から来た方は、その定義にそのまま当てはまります。
決めた要件は、こうなりました。掲示物から来たか、URLから来たかで見分ける。 お願いする相手を「まだご相談されていない方」に絞れば、待合の運用は1つも増えません。
| そのまま作った場合 | 経路で見分ける場合 | |
|---|---|---|
| 待合の方 | 毎回パスワードを聞かれる | そのまま回答に進める |
| 窓口の作業 | 来院された方全員にお伝えする | 増えない |
| 止めたかった回答 | 止まる | 止まる |
| 職員が覚えること | 「誰に伝えるか」を毎回判断する | 判断そのものが要らない |
もうひとつ決めたのが、掲示物を貼り替えるのは最初の1回だけにすることです。有効と無効を切り替えても、パスワードを変更しても、QRコードは変わらない作りにしました。設定を触るたびに印刷物を作り直す運用になると、怖くて設定を触れなくなるからです。
ご相談のときの言葉は「パスワードをかけたい」でした。できあがったものは、掲示物から来た方を通す仕組みです。要件の本体は、例外として語られたほうにありました。
いずれ外すことまで決めてから作る
この仕組みには、もうひとつ前提がありました。ずっと使うものではない、という前提です。
いまはシステムを入れ替えている途中で、窓口を介していただく必要があります。ですが、Web問診での受け付けが定着すれば、窓口を介さずに回答していただく形に移していく。そのときには、この入り口の制限そのものが要らなくなります。
導入のご相談では、「全部を新しいやり方に変える」計画が描かれがちです。ですが実際には、一度に全部は動きません。動かせるところから部分的に移していって、移りきったところで古い手順を外す。これが現実的な進み方です。
なので、外すときのことを先に決めてから作りました。
- 使うかどうかは病院ごとのスイッチにして、既定は従来どおりにする
- 外すときはスイッチを戻すだけ。掲示物も、たまった回答も、何ひとつ捨てない
- 掲示物の貼り替えを入り口の設定と切り離す。設定を戻しても、貼ってあるものはそのまま使える
「あとで外せるのか」が分からないまま入れた仕組みは、要らなくなっても残ります。外し方が決まっているものだけが、安心して試せます。急がずに、順番に移していける形をお作りするのも、伴走の仕事だと考えています。
院内には、こうした「決まった様式で残さなければならない書類」が議事録以外にもあります。委員会の記録、定例の報告書、部門ごとの申し送り。どれも様式が決まっていて、どれも誰か1人が清書を引き受けています。
MENTRAは精神科・心療内科に特化しているので、特定の病院でしか使わない様式に合わせるという判断ができます。全科向けの製品では、1施設の様式のために作り込む理由が立ちません。今回の対応も、ご相談から要件の言語化、実装、現物との突き合わせまでを一緒に進めました。
AI議事録に仕組みをまとめています。いま使われている様式をお見せいただくだけでも歓迎です。「これは合わせられるのか」を具体的にお答えできますので、導入の流れとあわせてご覧ください。
何をどう頼めばいいか分からない段階で構いません。「この作業が面倒だ」というところからお話しいただければ、要件はこちらで一緒にほどいていきます。上の2件も、出発点はどちらも一言のご相談でした。
よくあるご質問
現物の議事録は、何回分あれば足りますか
複数回分そろえると、毎回ある項目と、その回だけ出た項目を回数で見分けられます。1回分だけだと、たまたまその日に議題が出なかっただけの項目を「無いもの」として型に入れてしまいます。
打ち合わせの前に、こちらは何を用意すればよいですか
いま実際に印刷して回覧している議事録を、数回分そのままお見せいただくのがいちばん早いです。整理した説明よりも、使っている紙のほうが要件に直結します。
会議の種類が複数あるときは、型も分けるのですか
分けます。議題の型は会議の種類ごとにデータとして持っているので、委員会と定例会議のように様式が違えば別の型として登録します。同じ会議であれば、毎回同じ枠が同じ並びで出ます。
